‡〜真・恋姫†無双〜‡

今日も蜀は平和なんです!(前編)
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 月の光だけが照らす、薄暗くそしてど







 月の光だけが照らす、薄暗くそしてどこか幻想的な部屋の中。

 北郷一刀は隣で眠る少女に優しげな視線を投げ掛けた。

「はうぅ.......ご主人様ぁ〜」

 小さく寝言を呟いた少女、諸葛亮孔明こと朱里はそのままコロンと寝返りをうち、一刀の胸にきゅっと可愛らしく抱きつく。

 抱きついた拍子に布団がずれ、隙間から彼女の白く慎ましい肩が覗く。その姿は、どこか背徳的な欲情を駆り立ててしまいそうなほど美しく、それでいて神聖な雰囲気を醸し出していた。

「可愛いな、朱里は」

 心底幸せそうな顔をしてすやすやと寝息を立てている彼女の頭を一度撫でたあと、少しだけ体勢をずらしてその唇を優しく奪う。

 彼女の唇は、ほんのりと甘い花の蜜のような味がした。

 「んっ...愛しています、ご主人様...」

 その言葉は目の前の一刀に向けて囁かれたものなのか、それとも夢の中の一刀に向けられたものだったのか...

 それは本人にしか分からないことである。

「お休み、俺の可愛い朱里」

 一刀はもう一度朱里の唇に自分の唇を重ね、その瞳を閉じた。









「ご主人様〜朝ですよ〜」

 ゆさゆさと布団を揺すぶり一刀の覚醒を促す朱里。

「起きてください〜。 ご主人様〜?」

 これが桔梗や恋ならば、一思いに布団を剥ぎ取るところであろうが、朱里にそのようなことは出来ないし考えもしない。

 例え考えたとしても、実行に移すことは100%ないだろう。一刀の気を引くために多少アッチ方面での悪戯を仕掛けてくることはあるかもしれないが。

「ホントごめん。 あとちょっとだけ...」

 ただ、悲しきかな。 朱里の行った、控えめに布団を揺すぶるという行為は、対象者の睡眠欲を更に促進させてしまうだけなのである。

「ご〜しゅ〜じ〜ん〜さ〜ま〜」

 ゆさゆさ

「ふわぁ〜……ねむ」

 大きな欠伸をひとつして、完全に二度寝に移行しつつある一刀。

「もうっ! ...本当にあと少しですよ? そしたら起きてくださいね?」

 とか言いつつも再び布団の中に潜っていく時点でそれはどうかと思うよ?……と部屋の外からこっそり覗いていた蜀の王は思った。

「絶対に起きてくださいね?」

 最後にもう一度念を押すが、すでに一刀は夢の世界に旅立っている。

「まったく......んっ」

 そんな一刀の姿にため息を吐きながらも一度口つけて、自身もまた、襲い来る眠気に身を委ねるのだった。

「いいなぁ〜朱里ちゃん、ご主人様と一緒に寝て」

そして悲しそうに指をくわえて、捨てられた子犬のような目をする桃香。

「いいもんっ! 明日は頑張る!」

 君主として(?)少しは我慢するということを覚えたようである。














 結論から言おう、寝起きは最悪だった。

 あと少しの時間のはずが軽く二時間ほど眠りこけてしまい、半泣きでいじける朱里をなんとか慰めようと平謝りする一刀。

「ふむ、面白いものを見つけた」

 その光景を通りすがりの華蝶仮面が目撃する羽目になった。

「なぁ、頼むから機嫌治してくれ……本当に悪かったよ」

「イヤ、ですっ! 絶対に許してあげませんっ! 私…ご主人様とお出掛けするのずっと楽しみにしていたのに……ぐすっ」

 遂に泣き出した朱里に、もはやお手上げ状態の一刀。

「うっ…! じゃ、じゃあ、朱里の好きなものなんでも買ってあげるからさ…ね?」

 本当に頼むよと懇願する一刀に、朱里はフンッと顔を逸らして見せた。

「物では釣られませんよ?」

 うぐぅと謎の呻き声をあげる一刀をちらりと見る。あくまでも「私怒ってます」な態度をとっているが内心狼狽える一刀の姿に萌えているダメ軍師。

乙女心というものは複雑で度しがたいものなのである。by通りすがりの華蝶仮面

「主も大変なものだな…」

 まぁ、そんな朱里の様子を星はずっと観察している訳で、明日にはきっとこの話が尾ひれどころか背びれ付きで城中に広がっているところだろう。

「諸葛亮参謀……ハァハァ」

 そして、そんな星の後ろで事の一部始終を眺めるというおこぼれをあやかっている隠れ朱里ファンの警備兵。

 ゴホンッ! それはさておき。

「俺に出来ることならなんでもしてやるからっ! この通り!」

 ぱんっと顔の前で手を合わせる。

 そんな一刀に朱里ははぁっ……と溜め息をついた。勿論、演技である。

「ではですね〜。 今日一日……ずっと、ご主人様に可愛がっていただけるのなら…許してあげないこともないですよ?」

上目遣いでそんな可愛らしいことを言われて、落ちない男は果たして存在するのだろうか?

「朱里……」

「ご主人…さま」

 これ以上ないというくらいに甘い空気が2人を包み込んだ。 自然と近くなる距離。

そしてまさに唇が触れ合おうとした、その時。

「きゅうぅぅ〜〜」

 妄想が暴走して倒れる警備兵。鎧がガチャリと不協和音を奏でた。

「「……っ!?」」

突然の騒音に驚き距離をとる2人。甘い空気など一瞬で霧散した。

「諸葛亮参謀、萌……え」

 様子を見に廊下に出た一刀が、鼻血を流して倒れている警備兵の心の叫びに若干引きつつも親指をグッと立てて大丈夫だということを合図した。

「は〜…びっくりしました」

「ま、まぁ良かったよ……あんまり大丈夫って訳でもないけど(ボソッ」

 取り敢えず、これから先、朱里の身に危害が及ばないように、この警備兵は絶対解雇しようと強く胸に誓った。

「……近くのラーメン屋にでも紹介しようかな」

「どうしたんですかご主人様?」

「いや、何でもない。 そろそろ出掛けようか?」

 警備兵を少しずつ足で廊下の隅に押しやりつつ何処までも平静に朱里の腕を引く一刀。

「はいっ! ……ってあぁ!! ごごごご主人様! 少々お待ちくださいぃぃー!」

「えっ!? ちょっと朱里、どうしたの!?」

 突然の慌てぶりに驚き何事かと尋ねると、「服がぱじゃまのままなんですぅう」と顔を真っ赤にして叫びながら部屋から出ていってしまった。

「確かに、うさぎさんを着たまま外を歩いたら恥ずかしいわな〜」

 肝心なところでなにかが抜け落ちている我が軍の軍師に、一刀は苦笑を隠しきれなかった。

 ただ取り敢えず、朱里が飛び出してからすぐに聞こえてきた「はわぁぁ!? 兵隊さんがぁぁ!?」という叫び声は右から左に華麗に受け流し、その約一秒後に発生したなにか硬いものが踏まれるような音と「あぁッ!! 諸葛亮参謀のナマ足ぃいっ!…って放置ですか!?でもそこが好きぃっ!」という野太い声はもはや聞かなかったものとして処理したが。


後編に続く。
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